杉並の神社8社めぐり|阿佐ヶ谷神明宮・馬橋稲荷・高円寺氷川ほか、6つの系統を歩いて知る

おいせ編集部

阿佐ケ谷・高円寺・南阿佐ケ谷のあたりには、歩いてまわれる距離に古い神社がいくつも残っています。どれも「村の鎮守」として始まった社ですが、まつる神さまや由緒をたどると、それぞれ別の系統につながっています。

この記事では、おいせ編集部が現地で写真を撮り、説明板を読んだ杉並区の8社を、系統ごとに紹介します。8社のなかに、神明・稲荷・氷川・熊野・天神・祇園の6つの系統と、単立の社が1つあります。

8社の一覧

神明系 — 天照大御神をまつる社

阿佐ヶ谷神明宮(あさがや しんめいぐう)

御祭神:天照大御神・月読尊・須佐之男尊
創建:創建年不詳。日本武尊の東征に始まると伝わる
最寄り:JR「阿佐ケ谷」駅 徒歩4分

旧阿佐ヶ谷村の鎮守。寛政12年(1800)の『江戸名所図会』によれば、日本武尊が東征の帰りにこの地で休息し、のちに尊の武功を慕った村人が旧社地に一社を設けたのが始まりと伝わる。建久年間(1190〜1198)には、土豪の横井兵部が伊勢神宮に参拝した折に神の霊示を受け、宮川の霊石を持ち帰ってこの社に安置した。その石はいまも御神体として本殿の奥深くに鎮まっている。平成21年秋には「平成の大改修」が竣工し、神明造の御殿と神門、祈祷殿、能楽殿が新しく建てられた。

約3000坪の境内に、神明造の御殿と神門、能楽殿、儀式殿、社務所を兼ねた神明殿がならぶ。祈祷殿である降臨殿は木造平屋の神明造で、ここに授与所がある。全国で当宮だけが行う「八難除(はちなんよけ)」の祈祷で知られ、厄年の災いだけでなく、方位や家相、火水、人間関係にかかわる災いまでを合わせてはらう。

高円寺天祖神社(こうえんじ てんそ じんじゃ)

御祭神:天照大御神
創建:寛治元年(1087年)と伝わる
最寄り:東京メトロ「東高円寺」駅 徒歩4分

旧高円寺村の鎮守。寛治元年(1087)、信心の篤い里の人 山下久七が伊勢神宮に参拝して御分霊を賜り、この地に社殿を建ててまつったのが始まりと伝わる。永長元年(1096)には村人が話しあって産土神と定めた。いまの拝殿は天保2年(1831)9月、幣殿と本殿は明治21年(1888)2月に建てられたもの。

天保2年(1831)に建てられた拝殿がいまも残る。参道の狛犬の先に社殿がひらけ、境内の奥には末社へ続く鳥居がならぶ。

稲荷系

馬橋稲荷神社(まばし いなり じんじゃ)

御祭神:宇迦之御魂神・大麻等能豆神
創建:創建年不詳。鎌倉時代末期と伝わる
最寄り:JR「阿佐ケ谷」駅 徒歩10分

旧馬橋村の鎮守。創建の年ははっきりしないが、鎌倉時代の末ごろと伝わる。天保2年(1831)には馬橋村の全家長53人が金を出しあって京都の白川神祇伯家御役所に願い出て、翌年「正一位足穂稲荷大明神」の神号を正式に賜った。明治40年(1907)には、村のうちにあった御嶽神社・白山神社・天神社・水神社を相殿として合わせまつっている。

正面の石の大鳥居は高さ8メートルあり、昇る龍と降りる龍が彫られている。龍を巻いた鳥居は都内に三つしかなく、そのひとつとして「東京三鳥居」に数えられる。昭和50年(1975)に鎮座700年を記念して建てられた随神門は、中央の天井に直径75センチの開運鈴を吊るしており、その大きさは都内最大といわれる。社殿は総檜の入母屋流造。

氷川系

高円寺氷川神社(こうえんじ ひかわ じんじゃ)

御祭神:素盞嗚命
創建:創建年不詳。天文年間と伝わる
最寄り:JR「高円寺」駅 徒歩3分

旧高円寺村の鎮守。創建の年は不詳で、天文年間(1532〜1555)と伝わる。江戸時代の『江戸名所図会』にも描かれた古い社。昭和46年(1971)10月14日に、社殿・社務所・神楽殿・神輿庫・手水舎が新しく造営され、いまの姿になった。

境内の末社「気象神社」は、天気をつかさどる神をまつる全国で唯一の社。絵馬が下駄のかたちをしているのは、下駄を蹴って表裏で翌日の天気を占った遊びにちなむ。晴れを願う参拝が絶えず、結婚式や運動会の前に訪れる人も多い。ほかの末社は稲荷神社・御嶽神社・日枝神社。

熊野系

尾崎熊野神社(おさき くまの じんじゃ)

御祭神:五十猛神・大屋津比売命・抓津比売命
創建:創建年不詳。鎌倉時代末期に紀州の熊野権現をまつったことに基づくと伝わる
最寄り:東京メトロ「南阿佐ケ谷」駅 徒歩12分

旧成宗村字尾崎の鎮守。大宮八幡宮や同じ村の白山神社とほぼ同じころの創建と伝わる。安藤本家に残る文書と、別当寺だった宝昌寺の境内から出土した板碑によれば、鎌倉時代の末に鎌倉から移り住んだ武士が、代々あがめてきた紀州の熊野権現をこの地に勧請したことに始まるとされる。

境内にそびえるクロマツの大木は御神木で、樹齢はおよそ400年。杉並区の天然記念物に指定されている。住宅のあいだを抜ける細い参道の先に、いきなりこの巨木が現れる。境内社は稲荷社・猿田彦社・御嶽社の三社。

天神系

田端神社(たばた じんじゃ)

御祭神:菅原道真・天照大御神・豊受姫命・大国主命・大山祇命
創建:応永年間(1394年〜1428年)と伝わる
最寄り:東京メトロ「南阿佐ケ谷」駅 徒歩17分

旧田端村の鎮守で、かつては北野神社(天満宮)とも呼ばれた。創建は応永年間(1394〜1428)と伝わり、社伝によれば、武蔵国の有力者 品川左京の家臣であった良影という者がこの地に土着し、京都の北野神社の分霊をまつったことに始まる。社が田の端にあったことから田端神社と呼ばれるようになり、明治44年(1911)にそれがそのまま正式な社号となった。

参道はおよそ100メートルの桜並木で、春はここが見どころになる。江戸時代に建てられた木造の鳥居、明治41年(1908)造営の拝殿のほか、杉並区の指定有形民俗文化財である11個の力石、延宝5年(1677)銘と享保3年(1718)銘の庚申塔が残る。

祇園・八坂系

成宗須賀神社(なりむね すが じんじゃ)

御祭神:素戔嗚命
創建:創建年不詳。天慶4年(941年)創建説と寛永期の社殿造営説がある
最寄り:東京メトロ「南阿佐ケ谷」駅 徒歩7分

旧成宗村本村の鎮守。安政年間に別当寺だった宝昌寺が焼け、記録を失ったため、創建の年ははっきりしない。天慶4年(941)に創建して慶長4年(1599)に再建したとも、近世の初めに社殿を造営したとも伝わる。江戸時代には、素戔嗚尊を疫病をはらう牛頭天王と同じ神とみる神仏習合の考えから「牛頭天王社」と呼ばれていた。明治に旧成宗村の鎮守社となり、昭和33年に社殿が新しく建てられた。

ヒマラヤスギ、シデ、ケヤキなど、種類のちがう大木が茂るひろい境内。水琴窟「成宗の滴」があり、耳を近づけると水の落ちる音が響く。境内社は稲荷神社と御嶽神社、ほかに神楽殿がある。御朱印は出していない。

単立の社

猿田彦神社(阿佐ヶ谷)(さるたひこ じんじゃ)

御祭神:猿田彦大神
創建:創建年不詳
最寄り:東京メトロ「新高円寺」駅 徒歩8分

三重の椿大神社から猿田彦大神の御霊を勧請してまつった社。猿田彦大神は天孫降臨のときに天孫を高千穂へ導き、そののち伊勢の五十鈴川のほとりに来て、この地を中心に広く国土を開き導いた地主の神と伝わる。境内には猿田彦神社の社殿と、この神社を管理する神道系の教団「太道教」の本部の社殿がならぶ。

ものごとの始まりをみちびく「道ひらき」の神をまつることから、引っ越しや開業、工事の前に訪れる人が多く、地鎮祭の依頼も受けている。拝殿には桐の紋の入った紫の幕がかかる。

めぐるときに

阿佐ケ谷駅・高円寺駅の近くに阿佐ヶ谷神明宮・馬橋稲荷神社・高円寺氷川神社が、南阿佐ケ谷駅の南西に尾崎熊野神社・田端神社・成宗須賀神社が集まっています。1日でまわるなら、駅ごとに2つのグループに分けると歩きやすくなります。

受付時間や御朱印の有無は変わることがあります。各社のページにある情報とあわせて、出かける前に神社の公式の案内も確かめてください。

同じ「神社紹介」の記事