石清水八幡宮
いわしみずはちまんぐう(京都府・八幡市/八幡系)
男山の上に建つ、日本三大八幡のひとつ。社殿10棟が国宝に指定されている。
御祭神
- 応神天皇(おうじんてんのう)— 第15代天皇。『日本書紀』での名は誉田天皇。大陸から渡ってきた人々の技術を用いて国を発展させたと伝わる。中世からは武運をつかさどる八幡神と同じ神とされ、武士たちの厚い信仰を集めた。全国の八幡宮の主祭神。
- 比咩大神(ひめがみ)— 特定の一柱の名前ではなく、その社の主祭神の妻や娘、あるいは縁の深い女神をまとめてこう呼ぶ。八幡さまの社では比売大神をまつり、総本宮の宇佐神宮などでは宗像三女神をこれにあてている。どの神を指すかは社や地域によって異なり、諸説ある。
- 神功皇后(じんぐうこうごう)— 第14代 仲哀天皇の后で、応神天皇の母。『日本書紀』での名は気長足姫尊。夫の仲哀天皇が亡くなったあと、子の応神天皇が位につくまで、日本で初めての摂政として長く政をとったと伝わる。子の応神天皇、夫の仲哀天皇とともに、八幡さまの社にならんでまつられることが多い。
出典:ja.wikipedia
由緒
平安時代の前期、大安寺の僧 行教が宇佐神宮から八幡神を勧請し、都の南南西にある男山(標高143メートル)の山上にまつったのが始まり。創建の年は貞観元年(859)とも貞観2年(860)とも伝わる。都の近くにあることから朝廷の尊崇を受け、平安時代の末には伊勢神宮とならぶ「二所宗廟」とあおがれた。北東の鬼門を守る延暦寺に対して、南西の裏鬼門を守る社と位置づけられている。源義家がこの社で7歳のときに元服し「八幡太郎義家」を名乗ったことから、源氏の広がりとともに各地へ八幡宮が勧請された。
- 創建:貞観2年(860年)
出典:参考:ja.wikipedia「石清水八幡宮」
見どころ
社殿は「八幡造」という独特のつくりで、楼門から奥へ舞殿・幣殿・本殿と続き、本殿を含む10棟が国宝。本殿は内殿と外殿に分かれており、神が昼は外殿、夜は内殿にお移りになるためとされる。その二つの軒が接するところには、天正8年(1580)に織田信長が奉納した「黄金の樋」がおさまっている。
- 建築様式:八幡造
- ご利益:厄除け・勝負運
- 系統:八幡系
- 特徴:国宝・御朱印・山の上
出典:参考:ja.wikipedia「石清水八幡宮」
お祭りと年中行事
- 石清水祭(9月15日) 葵祭・春日祭とならぶ日本三大勅祭のひとつ。神仏習合の時代には放生会と呼ばれた。
出典:参考:ja.wikipedia「石清水八幡宮」
参拝の案内
- 所在地:京都府八幡市
行き方
京阪「石清水八幡宮」駅+ケーブル